年間アーカイブ 2011
田中 宗豊 – munetoyo tanaka –
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ハードバレルのチャージにかけてはジャパニーズサーファーのなかでもひときわ目立つ存在の田中宗豊。3年前からはサーフボードファクトリーを立ち上げ、自分でシェイプしたサーフボードでノースショアのパワフルブレイクにチャレンジを繰り返す。プロサーファー、シェイパー、ファクトリーオーナー、そしてファミリーの父親として充実したサーフィンライフをクリエイトしている。
Q : ひさしぶりです。元気そうですね。ファミリーと一緒のサーフィンライフはどうですか?
結婚3年目に入りました。子供も1歳3ヶ月。元気に暮らさせてもらってます。ライフスタイルについては結婚だけではそれほど変化はなかったけど、子供が出来てからはだいぶ変わりましたね。時間の使い方が僕だけのためだけではないということ。奥さんを育児から解放してあげる時間を作ることを気にかけてます。奥さんはマラソン好きなランナーでボディボードもやるから、子供が出来る前は2人して海中心の暮らしだったんですけど、今は仕事の隙をついて海に行く僕に対して、奥さんは波と天気がいい日は海に出かけるみたいです。けど、さすがに回数は減ってますね。 最近は、僕は四国に立ち上げたファクトリーを軌道に乗せなあかん。奥さんはしっかりと子供のケアをしてくれてる。その2つを互いが必死でこなすのを頑張っている。そんな感じです。ドタバタ忙しくて大変だけど、自分の将来を考えたら、ここがスタートなんで自分の思うよ?うにやり切ろう。そう考えてます。実際、やってる最中だから気持ちは◎。燃えてます。
Q;サーフボードファクトリーの運営は大変でしょう?
最初は2年前に僕の実家がある大阪府阪南市に小さい2部屋の工場を作ったんです。僕は大阪生まれ。海から離れた生活が出来ないことは解っていたけど、とりあえず四国から阪南へ単身赴任でサーフボード作りを始めたんです。それが去年の夏に四国の家の近所にファクトリー向きのいい物件が見つかって四国に戻ることができた。新工場は、1つの行程にそれぞれ専用ルーム?が割り当てられるようにして、きっちりサーフボード造りが出来る?ように設計しました。着工から半年経ったこの3月ですべて完成。4月には専門の職人さんに入ってもらって、いよいよスタートを切る予定です。工場の名前はFUN SURF Factory。僕がシェイプしたボードにはMunetoyo Tanaka surfboarddesignというロゴが入り、?オリジナルをメインに造りだしていきます。
Q : ニューファクトリーから造り出されるオリジナルサーフボードにはさぞかし魂が込められているんでしょうね。お客さんも楽しみにしていることでしょう。さて、ノースショアについても話しを聞かせてください。今シーズンも狙いはバックドアですね。
こればっかりはやめられません(笑)。最近はバックドアよりもヒュージオフザウォール、サンセットがお気に入りです。初めてのハワイは20歳ですから今回で15年目です。ノースはリラックスしてサーフィンに没頭できるのがいい。朝起きて、波チェックしてから、ゆ?っくりサーフィンに行く。もちろん、波がゴーインオフしてるときは、ドタバタのフガフガ状態ですけどね(笑)。時間が流れるペースがいい。それから、波もパワフルだし、サーファーもパワフル。なにもかもノースショアはパワーにみなぎってます。そこで一緒になってサーフィンしていると、僕もあの人と同じようにやってたら、あんなふうにパワフルにサーフィンできる。そんな向上心が自然と溢れてくる。ノースショアには目指すサーフィンの先生みたいな、お手本になるサーファーがたくさんいる。そんな所なんです。
Q : ノースショアには自らシェイプしたニューシェイプを持ち込んでテストもするんですね?
もちろん。自分のボードを持ち込むのは3回目の冬です。初年度からいいボードが削れて、自分のシェイプがノースでも使えるということに自信を持てました。それに、ここに来るたびにトップサーファーが持っている一流シェイパーのサーフボードを見ることが出来るんで大いに刺激を受けます。チャンスがあって乗せてもらったりした時には、実際に自分がシェイプしたボードよりもはるかにいいボードだと本当にわからされます。だから、それを手本にさせてもらって自分のスキルに反映させてもらうんです。毎年ノースショアでサーフィンするということはシェイパーとしても意味がある大事なことだと考えてます。ここぐらいじゃないですか。ガンからショート、ロングやフィッシュ、キッズ、レディース、スタンドアップボードと、いろんなサーファーがいて、いろんなエクイップメントが見れるのは。
Q : 最後はミュージックです。サーフィンのノリと音楽のノリには共通点があるんでしょうね?
サーフィンと音楽は繋がっているところがたくさんある。例えばジャムセッション。その瞬間に自分を表現することはサーフィンも音楽も同じ。その波に乗れたのか。その音に乗れたのか。その流れの中にうまく同化できた瞬間、サーフィンもミュージック?も気持ちいいハイな瞬間にひたることが出来る。アフターセッションで仲間とのトークも最高に楽しい。そんなサーフィンに似ているところが好きなんです。
Q : これからますます充実したサーフィンライフがおくれそうですね。
サーフィン、ファミリー、ファクトリー、。忙しい中でノースショアに来れた。ノースショアにいられる。それもこれも周囲のサポートがあってこそやと。とても嬉しいし、感謝してます。これからも、自分にできることは全力で取り組んでいきたいと思います。さあ、今年もやりまっせぇ?!
取材協力
インタビュー:大森修一
写真:GO NAMINORI
添田 博道 – hiromichi soeda –
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ハードコアサーファーというフレーズが久しぶりに蘇った。53歳になったヒロミチさんはカンペキにサーファーのお手本になってきた。サーフィン歴41年というキャリアが積み重なり、SSJサーフボードファクトリー運営の舵取りをこなす一方、サーフィンは片時もおろそかにせず、サーフィンを自分の生き方のバロメーターにしっかりとすえて生き抜いてきた。やはりヒロミチさんには何かある。どんなサーフレジェンドになっていくのか。皆さんで応援しましょう。
Q : いまだに現役バリバリのサーファーであるヒロミチさんなんですけど、サーフィン歴はどのくらいになりましたか?
今年の6月で53歳ですよ。サーフィンは12歳の時に大磯で始めました。ノースショアに行きだしたのは16歳のときです。
Q;サーフィンを始めて41年。ノースショア歴は37年ということになります。ちょっと真似できない数字。いろいろなことがありましたね。そんなヒロミチさんが今一番に興味があるということはなんですか?
うーん(しばし絶句)。サーフィン。サーフィンですよ。すごい気持ちいいじゃないですか。やらなきゃダメなんですよ。サーフィンしないと体と心が参ってきちゃう。血圧が上がるし。お医者さんみたいに言えばサーフィンは薬なんですよ。(笑い)子供時代は試合に出て勝ちたい。それだけ。選手を辞めてからはチャレンジでしたね。相手はビッグウェイブだったりハードバレル。それが今はサーフィンをするために生きている。サーフィンをやって気が済むんじゃないし、いやなことが頭にあってサーフィンしに行くんじゃない。サーフィンは気持ちいいんです。いやなことが頭にあったり、上手く乗れないと海から上がって調子が悪くなってくる。そんな感じ。いいサーフィンできることが薬ですよ。
Q : 日本のサーフィンメディアの歴史の中で、日本はもちろん世界中で数々のスーパーショットをヒロミチさんは披露してきました。好きな波って、どんな波ですか?
波はチューブでもロングウォールでも両方いい。でも、どっちかといったらチューブがいい。ブレイクの善し悪しはあるけどチューブの形が大事。だけど、どこがベストの波なのかは決められない。バックドアとかサンセットがあるノースショアはもちろん素晴らしい。でも日本の河口にも良さがあり、タヒチにはハンパじゃないハードリーフがいっぱいある。もちろんキラやバーレーだって最高だし。最近は1本いい波に乗れたらそれでいい。そんな気持ち。コンディションが悪いときでもいい波に乗れるときが必ずある。2本でも3本でも同じ。0本でなきゃいい(笑い)。
Q : プロサーファーなど選手を数多くスポンサードしているSSJサーフボードのオーナーとしてみると、どんなサーファーをチームに入れたくなるんですか?
試合には勝ち負けがあるんですけど、選手としては強い方が良いに決まってます。それといつも前向きな奴がいい。例えば脇田。パイプラインに立ち向かう精神力。集中力。パイプラインにすべてをかける姿勢。パイプのバレルはスペシャルで絶対にファンじゃない。ビューティフル、ハードコア、デンジャラス。サーファーが求めるすべてがあそこにはある。そこを本気になって攻めているから脇田は外国人からもリスペクトされている。大野マーもそう。この2人は凄いですよ。試合とフリーサーフィンのバランスが大事ってこと。試合でも勝って、いい波にも乗れる。どっちか片方というのが多いけど。両方がベスト。
Q : 40年サーフィンしてきて、今思うことはなんですか?
皆で一生懸命やってきたのにプロサーフィンがもり下がってきたことが気になります。盛り上げるにはどうしたらいいのかと。今は一般のサーファーの興味がプロサーフィンに向いてない。昔は今よりプロサーフィンを囲む状況に活気があった。業界の勢いとかも上がってこない。サーフィンはどんどん進化し続けなければならない。なのにプロサーフィンがもり下がる。俺たちの責任も確かにある。サーファーのニーズが昔とは比較にならないくらいに幅広くなった。そんななかでハードコアとか本物のサーフィンを解ってもらうにはどうしたらいいか。サーフィンの上手い下手ではなくて、サーフィンに対する気持ちと取り組み方なんだということ。いい形でサポートしていければと考えてます。
Q : では最後に、これからどうなるんでしょうか?
千葉県知事に当選した森田健作氏のスローガンと同じ(笑い)。ハリキル! それしかない! お金はないけど昔はハリキッてた。波乗りにハリキリ。仕事にハリキリ。良くない時だからこそハリキル。サーフィンの良さを広く知ってもらい、本物のサーフィンを知ってもらう。全国の皆さんがサーファーになって欲しい。そっからさらにサーフィンの楽しさをもっと知っていって欲しい。それをどうやって伝えていくか。ハリキル! それしかないないですよ!
取材協力
インタビュー:大森修一
写真:GO NAMINORI
森 哲太 -tetta mori-
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インタビューはゆったりとした雰囲気の中で進んでいった。テッタのいう島時間だったんだろう。リラックスしてすらすらと丁寧に放してくれた。気持ちのいい取材時間だったと思う。印象に残ったフレーズは、ノースショアの波のスリルが楽しくなってきた。これから6年間試合に集中する。コーチ、インストラクターになる。こ の3つ。アイランドブレイクの達人になりつつある哲太が自分の将来を見据えているということで理解した。これからどんなサーフィンを見せ続けてくれるのか。注目していきたい。
Q;まず最初はファミリーのことから。結婚何年目になりましたか? お子さんはできました?
3年目ですね。子供はまだです。家を空けることになるトリップにも好きに行かしてくれるんで、俺としては楽ですね。彼女は茅ヶ崎のスポルティフで働いているんですけど。俺がトリップとかから帰ってくるとデートに出かけたりして。仲いいですよ。それに試合にも付いてきてもらってるんです。俺がどこまでいけるか挑戦して と励ましてくれます。だから俺も家族を支えなければと気合いが入る。いい感じです。
Q;仲がいいのが一番。幸せですね。次はフィッシング。哲太プロはGT釣りの名人で、ロッドはパームス、ルアーはゲーリーヤマモトのフィールドテスターでもあるわけですが、最近はまっている釣りはなんですか?
アオリイカの缶カラ釣りです。堤防から釣るんです。餌は生きたボラの泳がせで、竿を使わず、道糸を缶カラに巻いて投げるんです。缶は投げませんよ。生きたボラを道糸でたぐりながら泳がせて釣るやり方で、フィニッシュはロケットと呼んでる針を投入して仕留めるんです。イカが餌を抱いた瞬間から放さないようにやり取りす るテンションが楽しくて。道糸がイカの足とか体にちょっとでも触れると餌を放しちゃうから。引っ張って寄せてくるのが難しいんです。食い気のあるイカは餌を抱くと赤くなるんですよ、そんなときは強引にしても大丈夫だったり。とにかく面白いんです。
Q: 日本各地のサーフローカルにはイカ釣り名人が多いですよね。どうしてですかね。さてサーフィンです。ハワイにはどれぐらい来ているんですか? それとノースショアのサーフィンは楽しいですか?
ノースショアには中学2年生の15歳の時に初めて来ました。今は26歳ですから、ノース歴は11年ですね。毎年通って感じることは、日本で乗れない、ここにしかない波にチャレンジして、乗れるようになってきたのが何より嬉しいし楽しい。スリルが楽しくなってきたし。
Q; 好きなポイントはどこですか? ログキャビンがなにげにお気に入りと聞きましたが?
人がいない。掘れる。それもたまにバックドアみたいな感じになるんでログキャビンは好きなんです。でも、やはり大本命はバックドア。ノースよりのビハインドからバックドアに飛び込んでいって、超特急のスピードでバレルをグォーと一気にメイクしてスピッツと一緒にドカァーンと吹き出されてくる。最高ですよね。あのバッ クドアのバレルが大好きです。バレルの空間が広いしクリスタルで綺麗。水深が浅いから海底のリーフも見えるんですが、チューブのカーテン越しに外の景色もきれいに見えるんです。
Q;バレルの中で潰されるときって危険ですよね。どうやって対処するんですか?
岩をよけながら深いところに体を持っていくように。できるだけダイレクトヒットしないようにするだけです。俺は奄美育ちなんでリーフをよけるのが人よりちょっと上手いかも。
Q:故郷の奄美とハワイは同じ島国ですね。どんなところが似てますか?
島時間ですね。のんびりしている。時間に遅れても普通なとこかな。サーフィンでいえば、ビジターがいようがおかまいなしに波を回している。そんなところも俺たちと同じ。凄く似てます。天候でいえば、日射しや暑さも似てます。暖かくて、いい感じで暮らしていけそうな雰囲気でしょう。
Q;自分の将来をどう考えていますか?
スケジュール的にいえば、来年からはWQSに出場しようと考えてます。チャージしようと、やる気になってきました。WQSで6年は頑張る。それで33歳になったらコンテストは引退して、サーフィンコーチ、インストラクターとして奄美でキッズやジュニアを育成する。そんなことを考えてます。ビーチブレイクとリーフブレイクの両 方があって、いい波もいっぱいあるからサーフィンスクールとかトレーニングキャンプには最高のロケーションでしょう。そこで俺が経験とスキルを子供達に教えていけたらいいなと。俺の奄美のキャンプからWCTサーファーが誕生する。そんな嬉しいことは無いと思うんです。よろしくお願いします。
取材協力
インタビュー:大森修一
写真:木本直哉
宮城 和真 -kazuma miyagi-
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年齢 : 9歳
誕生日 : 1999年7月6日
血液型 : B型RH+
ホームポイント : 沖縄県北谷町砂辺
スポンサー : ロックホッパー、ザ・ビーチ、山利、HARDREEF
Q;いつサーフィンを始めたんですか?
幼稚園生の時です。
Q;なぜサーフィンを始めたの?
お父さんのサーフィンをずっと見てて、やってみたくなった!
Q: あなたのヒーローは誰ですか?
お父さん、サトルさん、リキオさん
Q; 沖縄のローカルの方たちは皆あなたを応援していますが、それに対してはどう思っていますか?
みんな、海で、カズマ、ゴーと声をかけてくれるので、とっても嬉しいです。みんなが応援してくれるので、もっともっと頑張りたいと思います。
Q;沖縄はリーフブレイクで、一日のうちでも潮が満ちているときにしかサーフィンできないと思いますが、千葉のビーチブレイクで初めて一日中サーフィンできたときはどんな経験でしたか?
ビックリしました! 沖縄でも一日中サーフィンができたらいいのになあと思いました!!そしたら、もっともっと、海に入れて楽しいだろうなあ!
Q:あなたの夢はなんですか?
プロサーファーか消防士です。
Q;その夢を達成するためにどんな努力をしていますか?
波があるときはサーフィン、無いときはスケボーと勉強?を頑張ってます。
Q;沖縄の人々とあなたのファンにメッセージを!
いつも、ボクを応援してくれて有難うございます!沖縄のきれいな海が大好きです!これからも、沖縄のきれいな海でみんなで楽しくサーフィンができたらいいなーと思います!頑張りますので、応援よろしくお願いします!!
堀口真平 -shimpei horiguchi-
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Q;いつサーフィンを始めたんですか?
7才
Q;最初にスポンサーがついたのはどこでしたか? また、「スポンサード されているサーファー」になった気分はどんなでしたか?
ダブウエットスーツ。これから頑張るぞー!!って思いました!
Q: どんなきっかけでビッグウェイブ・サーフィンにのめり込んでいったのですか? それはハワイで? 日本で?
自分の父がビッグウェーブ好きだったので、一緒にサーフィンをしている内に。初めはデカイの怖かったです。笑
Q; ビッグウェイブ・サーフに関しては、誰に一番影響を受けましたか?
やはりノースのセッションですね。父も含め、ノースでサーフするサーファー達。
Q;子供の頃、どんなビッグウェイバーに憧れていましたか? また、ご自身がビッグウェイバーとなった今は、自分がどんなサーファーになったと自己評価しますか?
一番デカイ波に乗ってやるう!と思ってました。しかも小波もリップ出来るオールラウンダー。今は世界を見た上で、バランスの良いサーフぁーだなーと思います。
Q:ビッグウェイブに対しては、メンタルとフィジカル両方において、どんなトレーニングをしていますか?
メンタルはイメージをよくしています。いけるぞーと自分に言い聞かせます。後は秘密です!
Q;今年は脇田貴之プロが、ワイメアでのクイックシルバーのエディ・アイカウコンテストに招待されましたが、日本人サーファーが日本を代表してそういった特別なコンテストに招待されることについてどう思いますか? あなた自身にとって、エディ・アイカウの招待選手になることは夢であり、目標でしょうか?
最高にカッコいいと思います。頑張って脇田さん!!エディは僕の目標であり、最高峰に位置しています。
Q;「ハワイ・ノースショア」についてはどんな想いがありますか? また、ビッグウェイブ・サーファーにとって毎年ハワイに来ることは、意味のあることだと思いますか?
ノースから始まる。ここ以外ないです。ノースに来なければどこに行くの??って感じです。
Q;これからの近々、何かプランしていることはありますか? どんなことを計画していますか?
トウイン。チョポのビッグバレルに入りたいです!!!後は世界中の良い波に乗りたいです。
Q;最近ではトウイン・サーフィンの登場により、以前では考えられなかったようなビッグウェイブにも人が挑めるようになりました。そういった新しいトウイン・レボリューションに興味がありますか? トウインされるのと、自分でパドルしてビッグウェイブに乗るのと、どちらが好きですか?
どっちが好きと言われれば、パドル。まだトウインの真髄を感じてないし。パドルはある程度真髄に近づいていると思うので、今はパドルの方が楽しいです。しかし、トウインはトンでもない波に乗れるので。。。やってみたいですね。
Q;一般的には、日本は波が小さいと言われることが多いですが、それについてはどう思いますか?
日本も探せばあります。しかし、台風などの時にしか大きくならないので、基本的には小さいと思います。しかも、日本の海岸線は護岸工事等で埋められている土地が多く、少ない波を更に少なくしてしまっていると思います。今有る良いポイントを守っていこう!!!
Q;最後に、ハワイへ初めてトリップに来るビッグウェイバーに何かアドバイスをお願いします!
日本の常識は通用しません。よく波チェックして、無理は禁物。ハワイが先生。すべてにリスペクト!!!ありがとうー

