年間アーカイブ 2011

勝又 正彦 - katsumata –

1963年1月26日生まれ、46歳。 主なスポンサー/インセーンサーフボード、クゥイーバーウェットスーツ、ハーレー、ブラックフライ、ヴァンズ、ヴェスタル、ゴリラグリップ、FCSなど。 面白いことをやり続けています。 カッコいいサーファーはいくつになってもカッコいい。勝又まさひこもその一人。派手で人の目をひきつけるトリッキーでアグレッシブなサーフィンアクション。サ ーフスケートをやらせればテクニックとスタイルは超一級。しかもクリエイティブな才能もピカイチで、グラフィック、ファッション、そしてサーフボードシェイ ピングと、どれもが素晴らしく個性的でカッコいい。サーフィン歴はもうすぐ30年。面白いことをやる。勝又正彦のかっこよさはシンプルだった。 Q : 今年で何歳になったんですか?サーフ歴は? 今年の1月で46歳になりました。サーフィンは17歳の夏からだから29年目ですね。 Q : 小学校時代はどんな子供だったんですか? 運動は得意でローラースケートは学校でトップ。だけど実は人見知りで、話し下手で、人とのコミュニケーションが下手なんですよ。幼稚園時代は近所の兄ちゃん達の後をついていって田んぼや空き地で遊びながら、ローラースケートではホイップでブンブン飛ばされて鍛えられてたんで、小学校ではすぐに上級生を押しのけるようになってた。でも物を作るのも好きだったんですよ。プラモデルが好きで6年生にはラジコンまで手を出し、飛行機は失敗して壊したりお金もかかるからしなかったけど、かわりにバギーを辻堂海浜公園の芝生で走らせてた。同じ公園の中の池では潜水艦が浮かんでこなくなったり、軍艦とかも沈めましたね。ドイツ軍の戦車とかでジオラマも作ったし、自転車でチョッパーも作った。ハンドルとフロントフォークがグーンと長いヤツ。当時は自転車をそんなにイジル奴はいなかったから、自転車屋には嫌われたみたいで空気入れを貸してもらえなかったけど、自分では誰もやっていないカッコいい感じが大事だった。人と同じは嫌。かっこよさにこだわっていた。 Q : ホイップされてブンブン。凄いですね。小学生時代のローラースケートで加速とAirの魅力を知ったんですね。それでサーフィンはいつ頃からなんですか? 高校3年生の夏休みから一気に(笑い)。中3からスケートボードに夢中だった。高3になった時くらいからスケートパークが閉鎖になったりして、スケートボードが下火になってきてたんで、次はサーフィンだと一気に方向が変わっちゃった。面白そうだったし、その当時、一緒にスケーターだった地産ローカルの金沢さんの所に行けばサーフィン出来るというのを知ってからは毎日金沢さんの家に入り浸り。金沢さんはファンキーで面白い人で、タイドサーフのマンションがあった、潮路の裏に住んでた。夏が過ぎた頃には乗ればどうにかなるまでにはなったけど、最初は波に乗れないから苦労した。当時の上手い先輩ローカルの皆さんには、いじめられましたけど(笑い)。サーフィンの難しさにのめり込んでいったという感じかな。 Q : プロコンペティターとなってからは、JPSAトップシードでずっと活躍しました。低めに構えてドギューンとカービング&リップする姿が目に焼き付いてます。 プロ合格については長い話になるよ。20歳の時に四国の生見で開催された第19回NSA全日本選手権で1stクラスで優勝して、次はプロだと。その次の年に鵠沼で行なわれたプロテストに狙って出たんですけど、力が入り過ぎて、いい波をキャッチできずに空回りで失敗しちゃった。この時の鵠沼は波が最高で、他の仲間はいい点を出しまくって、俺を除いて20人ぐらい一気に合格した。俺だけ一人おいてけぼり。悔しかった。それで次の年にようやく合格。さすがにホッとしました。で、26歳の時に、ドロップアウトの工場で働いていた友達の天野君の紹介でドロップアウトのライダーになったんです。当時のドロップアウトは糟谷修自さんとシェイパーの阿部さんがタッグを組んでシェイプデザインをどんどんチューンアップし続けていて勢いがついた時だから、そこに加われて俺にもグッドボードが回ってくるようになって、いきなり調子よくなった。波乗りが変わった。そう皆に言われた。そうなると、もっとやってやろうと気合いも入って、気持ちもリズムに乗ってきた。そうしたらランキングもうなぎ上り。最高位はトップ5だったかな。 Q : アクション重視のサーフィンセンスは当時でも充分輝いてましたもんね。しかもサーフィンだけじゃなくて、サーフスケートでは日本屈指の存在だし、さらにファッションリーダーであり、絵やエアブラシアート、シェイピングなど、何でもこなす。器用ですよね。 自分の中のアートな部分はスケートに染まりだした頃に聞きまくったパンクとニューウェイブの影響ですね。パンクだとチェーンとかあるけど、海に行く時は外したりして、その代わりに青の水玉や虎刈りで決めるみたいな。ファッションは気に入ったアイテムを見つけるのが難しかったけど自分で考えるのがいいんです。スケートは陸上のスポーツなんで服を着るからファッションも決めなくちゃ。絵はポップアート的なテイストが好き。カチッとしたかたい感じより自由な絵が好きですね。 Q : スケートの楽しみ方はかわりましたか? 今はスケートパークとかやる場所が増えたんで楽しいよね。それにどんどんレベルアップしてるよ。若い奴らのトリックに負けそう。俺の技にもう一つかぶせてきたりする。でも湘南に自慢できるようなパークがないのは寂しい。地方に行くと自由で大きく面白いパークが出来てる。ボウルとかスロープとか工夫してバリエーションが楽しめるパークを考えて欲しい。波乗りは波が動くけど、スケートは波が動かないんで反復練習が出来る。だからトレーニングに最適なんです。動きがオーソドックスになっては自分で面白くないし、やはりそこはトリッキーに攻めていきたい。実際にそうやってる方がおもしろいんだから。そうした方が見てる方も面白いでしょう。 Q : シェイパーでもあるわけで、インセーンサーフボードをプロデュースしてる。 19歳の時にマーボロイヤルに所属していて、その時にマーボさんと一緒にシェイプルームに入って、テイクダウンとか手伝いをさせてもらいながら、いろいろな注文を聞いてもらってた。マーボさんだけじゃなくて畑さんもいて、どんなことでも細かく自分の言うことを聞いてくれました。物作りが好きだから考えつくかぎり、突拍子もないデザインをわがままいっぱいに作ってもらった。フィンもいろいろなパターンを作った。スケート仲間がエアブラッシャーだったからデザインもこってくれた。マーボロイヤルを辞めた後はホクレアの林さんに世話になり、道具やデザインコンセプトの大切さを学ばせてもらった。とくにロッカーテンプレートの作り方を習ったことでボードディメンションの違いが一目でわかるようになった。次にはザナドゥのシェイプにも驚かされた。アウトラインが左右違うけど速いし動くんです。ロッカーとボトムの造りの素晴らしさが勉強になった。ドロップアウトでは阿部さんを筆頭に、JC、ペーシュ、サドイ、ピーターと、たくさんのグッドシェイパーのボードに乗ることで世界レベルを知ることが出来た。 Q : インセーンサーフボードはどんなコンセプトでプロデュースされてるんですか? デッキコンケーブと大きいウィングラウンドのアウトラインが最大の特徴で、バリエーションとしてウィングバットテイルとバットテイルの2タイプがあるんです。アウトラインを広めに作ってもデッキコンケーブで余分な浮力は削り取ってあるんで敏感に動くし、レイルに浮力が残っているのでパドリングがスムースでテイクオフも早い。それにデッキコンケーブに足がはまってエアリアルやリッピングのスタンスが決まるだけじゃなくて、てこの原理でレイルに力が入るからちょっとした動きでレイルを使いやすい。若い子と海の中で張り合うにはスペシャルな道具でやるしかない(笑い)。いいサーフボードならばサーフィンやる気出るし、波が小さくても乗れる板があればサーフィンするでしょ。いい板を作っていきたい。 Q :...

古市陽子 – yoko furuichi –

スタイルが良くてロングヘアー、おまけに綺麗に日焼けした美人のジャパニーズで名前がヨーコ。日本で初めて開催されたプロロングボード女子初のチャンピオン 古市陽子プロはガールサーファーの象徴のようでありました。3人姉妹の末っ子。東京生まれで、大学4年の頃からサーフィンの楽しさを知り、今では海のすぐ近 くに暮らしサーフィン中心の生活を送っています。プロ初優勝は心の底からホッとすることができた。そういうチャンピオンの笑顔は輝いてました。 Q : 日本で最初のJPSAプロロング女子の試合でした。ここはひとつ歴史を刻んでやろうと、優勝を勝ち取っというところですね? 歴史を刻もうという意識はありませんでした。一戦目という意識はどこかにあったのかもしれませんが......。とにかくホッとした。というのが素直な気持ちです。でもスタートは最低でした。波がわからなかったので、無駄な動きばかりの試合運びになってしまいましたが、辛うじて2位通過することができました。次のセミファイナルはこの教訓を活かし、ひらいた波に乗ることだけを意識しました。けれどもなかなかその波を見つけることができず、中盤まで最下位。けれど焦ることもなく、なぜか落ち着いていました。最後の最後に綺麗なレフトの波が入ってきて、それが6ポイント。1位通過することができました。そして次の本番決勝では最初の一本目でいいテイクオフポジションを見つけることができたので、そこからのひらいた波だけ乗るようにしました。その波数はとても少なかったのですが、結果的にそこで波をしっかり待てたことが勝因に繋がったと思っています。 Q : 昨年にプロとなって、今年いよいよ始まったJPSAプロロング女子。その緒戦を優勝ですからグッドスタートです。 去年の6月にプロになった時、自分のやってきたことがカタチになったことが、とても嬉しかった。何よりも家族や友達が喜んでくれたことが一番嬉しかったです。そして今年初戦でいきなり優勝。本当によかった。いいスタートをきることができてとても嬉しいです。グランドチャンピオンは意識していなかったのですが、一戦一戦頑張って、そこに繋げてゆけたらいいです。 Q : 今年はいい年になりそうですね。OXBOWとインターナショナル契約が始まったのも今年からです。 去年7月にフランス、ビアリッツのロキシージャムの試合でOXBOWの方から声をかけていただいたんです。それで今年から正式契約となりました。3月はオーストラリアでOXBOWライダーとフォトシューティングを済ませてきたばかりです。今年からすべてが新しくなりそう。そんな気がしてます。それだけに自分のやるべきことをしっかりと丁寧にやってゆきたいと考えています。 Q : 2月にハワイに行って、3月はオーストラリア、そして7月にはフランスで3度目となるロキーシージャム出場。世界にお友達がたくさんいるんだろうし、それだけいい波も知っている。もちろんサーフィンもできるんですから楽しそうです。 極力色々な環境でサーフィンすること。というのが私にとって一番ですね。そしていろんな文化に触れて、人とふれあって、刺激があるから旅も好きです。とくにモルディブが好きですね。ボードの上だけの生活。サーフィンだけの生活。素晴らしい自然の中であんな生活ができるなんて、サーフィンしてきてよかったと感じさせてくれます。それからハワイ。空気が好き。穏やかな気候。海もきれい。時間の流れも好き。そして人も好き。みんな笑顔。 Q : 日本のプロチャンピオンとしてこれからの活躍を楽しみにしてます。どんなことをやっていきたいですか? 波に乗れるようになると、もっともっと波乗りが楽しくなるじゃないですか。女の子達がひとりで海に行けるように、一緒に海に行ってサーフィンする機会を作ってゆきたいと考えています。私自身については、いつでも楽しんでサーフィンしつづけたいと思います。 取材協力 インタビュー:大森修一 写真:カービー福永

戸倉 康守 – yasumori tokura –

2009年4月19日に人生の節目となる還暦を迎えた戸倉さん。大好きなメンタワイでバースデイツアーを楽しんできた。すると本番当日の19日。還暦祝いの赤 いベストを着用した戸倉さんにハッピーが連発。一日中神がかった出来事ばかりの誕生日となった。よーし、これからだという気持ちがわいてきた。戸倉さんの還 暦はサーファーでいる喜びを実感する素晴らしいものとなった。 Q : 還暦を迎えて、今回はどんな旅でしたか? これまでで一番気合いが入ったトリップだった。とくに60歳になった誕生日の4月19日は思い出に残ることばかりで、ハッピー連続の一日だった。まず朝一番、還暦祝いに会社の皆が作ってくれた金ダブマークの赤ベストを着せられてマカロニに入ったんだけど、この真っ赤なベストがマジックだった。よーし、これからだという気持ちがわいてきたんだ。俺に凄いパワーをくれた。それでマカロニでは一発目の波からリッピング。調子よかった。今までしなかったリップが自然と出た。赤ベストのおかげだよ。それから昼になってマカロニからHTに移動する途中のダイビングスポットではカービーが得意の素潜りで30kgのビッグ GTを仕留めた。水深30mで海底の見えない溺れそうな海の中からハヤトと二人掛かりで引きずり上げたんだ。夜のパーティーは盛り上がったな。魚が卵をもってたんで楽しみにしていたけれど、それは出てこなかった。クルーへのプレゼントかな。それで夕方AFHTでセッション。奥のメインピークからちょっと外れた左のピークにポジションするんだけど、その時左にいたのは戸田と松尾、入っていっていってすぐに乗せてもらった波が凄かった。パーフェクトでツルンツルンなクリーンバレルを体に触れずにボッコリメイクしちゃった。HTで初めて吠えたよ。スピッツがハッピーバースデイをいってくれた。神様がくれた波だと感激した。そんなわけで、一日中神がかった出来事ばかりの誕生日だった。 Q : まさにハッピーの連続。思い出に残る誕生日でした。 旅には何かしらのトラブルがつきものだろう。それがないんだから。シャローリーフのメンタワイではズタズタにされるものだけど、今回はそれもほとんどなかった。こんなにハッピーが連続する旅は俺も初めてだよ。旅が終わる最後の日も、たまたま記念に撮った夕日の写真が、見たこともないな形でダルマさんになってた。縁起のいいダルマさんが見えるくらいだからな。 Q : メンタワイが大好きなんですね。 1997年が最初。サンダースのバレルではまったんだ。シャローでリスキーな波だから体がクッとしまる。そんな波が好きなんだ。以来ずっと通いつづけている。メンタワイは大自然の中をクルージングしながらサーフィンが楽しめるんだからいうことなし。夜空に輝く星のきらめきもとくべつ綺麗だし。今回お願いした 234号は頼りになるヨットだから快適だった。 Q : これまでの人生を振り返ってみて、今どんな気持ちですか? サーフィンは16歳の時に吉浜で始めたんだ。それから44年。サーフィンをしたいためにビジネスを起こし、休みなくずっと続けている。それだけ。60歳の節目にHTで友達に支えられて素晴らしい思い出を刻めた。これはでかい。もっとサーフィンする勇気がわいてきた。この節目を迎えられたのも、家族、会社の皆、そして日本全国にいる友達のおかげ。感謝しています。 取材協力 インタビュー:大森修一 写真:カービー福永

山中富生 – tomio –

近年、国内外問わずサーフアーティストへの関心が高まってきており、その中でも独自の世界観とオリジナルのタッチで 数々の雑誌、メーカー、ブランドからアートワークの提供や提案をしている彼に先駆けてインタビューを決行。 サーファーでもある彼のナチュラルなライフスタイルは、自然、旅、波、日常、美 が作品から溢れんばかりに発信されている。日本でもサーフアーティストと して活躍している人は数知れずいますが、彼ほど、作品を観た人に LOVE & PEACE ! そして日々を勇気づけてくれる作品を残し続けている人はいないのではないでしょうか。 Q : アートワークを始めたきっかけを教えてください。 自分の 心を表に出したい ってのが ガキんちょの 頃から あってホンマは 音楽の方で 出せたら ベストなんですがそっちは まぁ 哀しいかな 全然 ダメでなんとなく 描きたい 絵や...

谷口絵理菜 – erina taniguchi –

谷口絵理菜優勝インタビュー ほんまに嬉しい。優勝という最高の結果で今年をスタートできました。 堂々たる貫禄勝ち。JPSA女子チャンピオンにふさわしい谷口絵理菜の優勝だった。女子の決勝は30分間。ヒートがスタートして15分すぎまで波が入らずノーライド。チューブライドを完璧にメイクしてわからして勝つという戦略を目論んでいた絵里菜は、これではいけないというところでリッピングに切り替えて4.5 ポイントと5.83を出して暫定トップをまずはキープ。この時点で2位の杉山には2.66差。1本目に大きなラインでリエントリーリップの2連発を決めて7.67ポイントを叩きだしていた杉山に勝つにはどうしても8点以上のハイポイントが絵里菜には必要だった。そして勝負の分かれ目がやってきた。残り11分となったところでクリーンセットが次々に入りはじめた。もちろんファイナリスト4選手が全員勝負にでた。杉山、北川、萩原と、対戦相手が6ポイントから7ポイントで終了したのに対し絵里菜は8.67。チューブメイクはならなかったがクラマスの高速クリーンフェイスをスピードとパワーで切り刻んだ。そして残り3分には再びクリーンウォールをパワフルにメイクしてだめ押しともいえる8.03をマーク。これで勝負あり。JPSAディフェンディングチャンピオンとして’09年開幕戦を優勝で飾り幸先のいいスタートを切ることとなった。 Q : 優勝おめでとう。 嬉しい。ほんまに嬉しい。今日はあまり緊張しなかったと感じてます。3月のWBC侍ジャパン優勝を見れたんでメンタル面が強くなったのかもしれません。他の選手とは違って、1月、2月と外国へは行かずに九州の宮崎で練習してきましたから。最高の結果で今年をスタートすることが出来ました。 Q : 侍ジャパンの何が刺激になったんですか? 9回裏に同点に追いつかれたダルビッシュがきちんと3アウトで終わらせたところ。それと10回のイチロー。世界中が固唾の飲んで見守っているあの場面で、粘りに粘って最後はヒットをかっ飛ばす。最後の最後まで諦めないメンタルの強さを見せてもらいました。 Q : ファイナルヒートは途中で杉山プロに2.66差まで詰め寄られました。振り返ってみてどうですか? 決勝の前に行なわれた男子のヒートでグッドチューブが入ってきてたんで絵里菜も狙っていこうと考えてたんですけど、いざヒートがスタートしたらなかなか波が入ってこなくて作戦がまったく外れちゃいました。それでリッピングに切り替えて攻めはじめたんですけど、最初の2本はフィニッシュが流れちゃって自分の思うようなポイントが稼げてないんで不満でした。振り返ってみればヒート時間中の勝負所でセットは入ってきたわけで、改めてチャンスを待つことの必要性を学んだヒートだったし、もっとボトムを使ってスピードを稼ぎながらレイルワークでパワーを見せつけるみたいな、出来たら9ポイントか10点満点が欲しかった。 Q : 絵里菜は過去4回開催されたJPSAクラマス大会で通算3勝。今回で2連覇。しかも男子も林健太が2連覇とまたもや四国勢が大活躍でした。強さの秘密は何だと思いますか? 2連覇はまったく意識してませんでした。とにかく目の前にあるこの大会に優勝すること。それだけを考えてました。四国勢の強さはクラマスと四国の河口の波がそっくり似ているからです。チューブの形とか、波の掘れ方がとにかくそっくりだから。絵里菜にとっては自分の好きな波だし、自分がベストパフォーマンスできる波。そう感じてます。 取材協力 インタビュー:大森修一 写真:木本直哉
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