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2011
年間アーカイブ 2011
守山倫明 – Michiaki Moriyama –
go-naminori
-
2011年3月29日
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守山 倫明(もりやま みちあき) 1958年生まれ。京都府京丹後市網野町出身。 サーファーやボディボーダーの視点から海辺の環境保護活動を行なっている団体「サーフライダー・ファウンデーション・ジャパン」代表。 八丁浜・琴引浜をホームポイントとするサーファー。高校時代、大阪から来たヒッピーのようなサーファーを見て感化され、その後サーフィンに没頭。父親の病 気をきっかけに家業の旅館業を継承。同時期大阪のショップライダー。1983年地元で『ソルジャーブルーサーフショップ』を開業。ポイ捨てごみ・漂着ご み・消波ブロックの投入・埋め立てによるホームポイントの破壊に感じ、サーファーによるビーチクリーンナップなどの啓蒙活動や埋め立て反対運動を起こす。 日本海側では初めてのJPSAクリーンビーチカップ網野・琴引浜での「はだしのコンサート」などを行う。また、1997年のロシア船ナホトカ号重油流出事 故にあたり「丹後ボランティアネット」を設立。 サーフライダー・ファウンデーション・ジャパン http://www.surfrider.jp/ INTERVIEW Q : サーフィンを始めたキッカケを教えてください。 もともと海が好きで、1970年代、車の中で寝泊まりをしているヒッピーのようなお兄さんたちが京都・八丁浜でサーフィンをしていました。そのお兄さん達のサーフカルチャーに影響を受け、初めてサーフボードを借りてサーフィンを始めました。その頃には、FREE RIDE やMENY CLASSIC MOMENT、BIG WEDNESDAY などのサーフムービーも世の中に浸透し始めたころでした。 Q : サーフライダーファウンデーションの発足の経緯を教えてください。 1983年 もともと『サーファーの立場から海浜環境を提案する』というテーマのもと、アメリカでサーフライダーファウンデーションは発足されていました。 アメリカの立ち上げメンバーが日本でもサーフライダーファウンデーションの立ち上げを考えていた時、鴨川のヨットハーバー設置計画を自らパドルアウトして抗議した大久保ともみさんという方に白羽の矢がたった。その後、大久保さんが代表のもと千葉・鴨川に事務所を置いてサーフライダーファウンデーションジャパンが日本で初めて発足しました。 僕は、1997年に日本海でロシア船のナホトカ号重油流出事故が起こったとき地元、八丁浜・琴引浜も重油で被害に遭いました。 その際、重油の回収作業に多くの人が気持ちがひとつになり、サーファーもボードを待たずに一心不乱に油の回収作業に取り組みました。親交のあったニック野崎もラジオ番組でPR をしてくれて、次の日には400人の人が集まってくれました。 それをキッカケにサーフライダーファウンデーションジャパンとも交流をもち、義援金やボランティアの組織作りなど多くの経験をさせてもらいました。その後、1998年理事になり、2004年からは大久保さんからバトンタッチされて代表をさせてもらっています。 Q :日本の海はどんな問題を抱えていますか? 多くの問題を抱えいます。 日本という国は周囲を海に囲まれ日本人に取って海は必要不可欠な存在だと思っています。日本では非常に災害が多く、その災害の後、国や地方自治体が復興するという形を取ってます。その復興工事などではビーチに必要のない工事などが最近増えています。そもそも公共工事というのは戦後の復興とともに内需を拡大したいという国の政策から始まっています。災害を防ぐという名の下に、そこに産業が生まれ、その政策の一環で海岸に多額の公共投資事業が始まりました。結局その事業の元に自然できれいな海岸が「ふと」気づくとコンクリートで覆われていたなんてことが日本各地で行われ問題となってきました。これはサーファーだけの問題ではなく、この島に住む日本人としてもう一度よく考えてもらいたい局面にきていると私は思います。税金の使い道もこのような事業に、はたして必要なのかと考えてもらいたい時期に来ていると思います。その象徴的なものがあります。茨城阿字ケ浦に4?5 km のロングビーチがあり、サーフスポットやキレイなビーチや海水浴場として有名なところがあります。そこの海岸で公共事業が行われましたが、現在では砂は浸食されて以前のビーチとは比べ物にならないくらい瀕死の状態となっています。この工事に関して地元住民はもとよりサーファーなどに工事内容、プランは知らされず工事が着工されました。そこに大きな問題があると思っています。そこに住む住民が自分たちの大切なビーチをしっかりと見守る必要があると考えています。無駄な税金を使わずに将来性のある海岸づくりをしていこうという提案をして行きたいと思っています。 Q : 全てのサーファーにしてもらいたい環境保護活動について教えてください。 環境保護活動のひとつとしてビーチクリーンがあります。 サーファーの最低限のマナーとしてポイ捨てをしないことそれが最低限のマナーではないでしょうか。 イベントとしてビーチクリーンを皆でやる事それもひとつ大事な事でしょう、しかしサーファーがビーチできづいたゴミなど1つ持ち帰るだけでビーチは常にクリーンな状態になります。その行動を10万人のサーファーが行った場合10万個のゴミを回収できる。その意識が大事だと思います。ビーチにゴミを放置した状態にすると鳥や魚、亀たちが食べてしまい生態系全体への悪影響も懸念されます。 もうひとつとサーファーができる環境活動しては「アンプラグ」もできると思います。サーフィンをしている時は、常に自宅の電化製品のコンセントを抜くことで「待機電力」をセーブすることもできると思います。もうひとつは緑をふやす活動も重要だと考えています。ビーチというのは海があって渚があり、そしてビーチ、防風林などがあり、そして街があるその形成があるからこそビーチがなりたっているからです。そのビーチ周辺の公共事業等で遊歩道を全てコンクリートにしたりすると海岸の浸食等の問題も懸念されます。そのためにもビーチに緑を増やし海岸を守る活動も重要だと思います。 Q : サーフライダーファウンデーション代表という立場で今までいろいろなご苦労をされているとおもいますが、最高な出来事と最低だった出来事を教えていただけますか。 最高だった事はいろいろなサーファーに出会えた事ですね。 サーファーは地域間のトラブルやローカル・ビジターの問題、海岸工事など、同じ悩みを持っている人が多く、その悩みを共有し、情報交換することでサーファー同士で解決できることが最高だと思います。代表になりいろいろなところに行くようになっていろんな人と出会えて、悩みや楽しみを共有できる事それが私にとって最高の出来事だと思っています。 最低の出来事…。結構ありますね (笑) サーフライダーファウンデーションと聞くと環境保護団体という堅苦しいイメージがついてるんですよ。国に水質調査やいろいろ提言する時はデータ収集をしてしっかりとした提案をしますが、その活動があまり理解されていないことが多いので少し悲しいですね。事務局には励ましのメールなどもありますが、中には誹謗・中傷などを頂くこともあります。活動が理解されていない方々からのそのようなメールは非常に悲しくなる時もあります。サーファー同士意見をぶつけられることができれば良いのですが、一方的な意見などを頂くことが最低な出来事だと思う事もあります。 Q :...
西村優花 – Yuka Nishimura –
go-naminori
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2011年3月29日
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西村優花 1988年3月1日生まれ。16歳の時、最年少でJPBA のグランドチャンピオンを獲得。その後、東京都出身埼玉県在住のプロボディボーダーとして世界も視野に入れて活躍中。また、笑顔が素敵な元気いっぱいの キャラクターで各方面からのファンも多い。今回ボディボードマガジン「フリッパー」のカバーショットにも起用された。 スポンサー:ムラサキスポーツ、CLEAVE、ZERO ONE、RECS、FRUITION、MARIN JACK、HELM FIN 西村優花オフィシャルBLOG http://ameblo.jp/yukaina-nkmtc/ Twitter http://twitter.com/YukaNishimura INTERVIEW Q : 現在のお住まいとホームポイントはどちらですか? 埼玉県所沢市に住んで居て、ホームは、千葉県の志田下ポイントです ライディング写真:中津川 奈緒子 Q : 多くのプロサーファーがビーチの近くに住む環境の中、居住地埼玉県からホームポイントの志田下に通っている理由は何かありますか? やはり自分の家に家族で居ることに落ち着きを感じるのと、志田に通う理由はすごくパワーが集まる場所だと思うからです!うまい人が多くて刺激にもなりますしね。 Q :現在22歳になったばかりの優花さんですが、プロに転向したのはいつですか? 16歳の時です。もう6年もたつんですね。。早いです。 Q :16歳でプロに転校してから、色々な場所に波を求めてトリップしていると思いますが、今までのその経験の中で一番ヘビーだった波はどこですか? 15歳の時に行ったインドネシアメンタワイです。すごくヘビーでした。初めてリーフで怪我をした所でもあります。 Q : そのトリップの後、自分の波乗りで何か変化がありましたか? 初めての大きい撮影、トリップだったので映像や静止画で自分の姿を見て落ち込みました。私ってこんなに下手なんだって。。。笑 それから細かい所を気にして練習するようになりましたね。 Q : 現在このインタビューはハワイで行われておりますが、ハワイではどのような波乗りを心がけていますか? ハワイの波はすごくパワーがあるのでインパクトのあるライディング、波の力を使ったライディングを心がけています。 Q : ところで・・・大波は好きですか? んー行けと言われれば行きますが基本恐がりなので大波は、、、頭位なら好きですよ♪ Q : 色々な欲求だったり、物欲だったり・・・22歳となれば、色々な誘惑があると思いますが、そんな中で優花さんがボディボードにとことん打ち込める理由はなんでしょう? 様々な欲求とゆうのは誰にでもあると思うんです。私は我慢する事が苦手なので欲しい服があったり、物があれば手に入れます。遊びたかったら遊ぶのです!その中でもとことん海に打ち込めるのはプロとゆう自覚があるからだと思います。それと、そうゆう環境を自分で作っているからだと思います。なによりも私が今までやってきた事。全てが海に繋がる事であり、大きな財産として胸にあるからひと時たりとも気持ちが海から離れず打ち込めるんだと思います。 Q : 優花さんの人生にとってボディボードって何ですか? 私の全てです。私は自分がプロボディボーダーで居られる事を誇りに思います。 Q :...
東田トモヒロ – Higashida –
go-naminori
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2011年3月29日
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熊本県出身+在住。自らのライフスタイルを昇華した「歌」のメッセージで、 自分を表現し続けるシンガーソングライター。 「LIFE MUSIC!」「歌」=「生活」。それ故、「自然」「音楽」「人との繋がり」を大切に考え、嘘のないシンプルなライフスタイルを実践する、そんな東田の人間性が、彼の魅力の一つといえるだろう。 サウンドは、先人へのリスペクトを忘れず、john lennon、bob Marley、neil young などの70年代を彷彿させるルーツミュージックに傾倒。 小さなカフェからTHE GREEN ROOM FESTIVAL、WINDBLOW、SunSet Live、 ap bank fesなどの大型フェスまで、リスナーと同じ空間をシェアできる 「ライブ」を大事に活動中。 また、そのライフスタイルの一環で、入場者一人につき1本の木を植える活動を行っているイベント「bayside camp」のコンセプトスピーカーをつとめる他、数々の自然環境保護イベントなどにも出演。 東田トモヒロのrevolve(回帰)した「歌」そして「生き方」に触れ、 そこに「未来」を見る人が増殖中。 東田トモヒロ オフィシャルサイト http://higashidatomohiro.jp/ Q : 昨年秋、リリースされた...
ジャスミンヤング – jasmin –
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2011年3月29日
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身地:New Market, England ナショナリティー:イギリス系白人とアフリカ系アメリカ人のハーフ ホームタウン:Raleigh, North Carolina 誕生日:9月9日 身長:174cm 学歴:心理学博士 好きな色:ブルー 好きな食べ物:カニ 好きな飲み物:白ワイン 趣味:写真、料理、絵画、執筆、トレーニング、水泳、ランニング、自転車、サーフィン Website: www.JasminDesigns.com Blog: www.JasminDesigns.blogspot.com Email: jasmindesigns@hotmail.com Q : 海を連想させるアートワークを数々世に出していますが海から受けるインスピレーションはどんなものですか? 海が好きなのでビーチタウンに住んでいます。日本に来た時、私はファッションモデルとして東京に住んでいました。最初の印象はコンクリートと高層ビル、着物と神社。これが私が受けた印象でした。海に囲まれた島国だというのに、日本にビーチがあるなんてまったく気がつかなかった。ビキニやプロサーファー、ビーチテントなどを目にするとはまったく思ってなかった。私は波を見るだけでもビーチへ行くのが大好きです。海沿いを走ると海のエネルギーを感じます。海は自分の集中力を助けてくれる。海での生活は静かで、ここでは集中する事ができるのです。集中している時が一番クリエイティブなのです。 Q : billabong のポスターを制作されましたが苦労したことはありますか? はい、これは自分にとってとても敏感な挑戦でした。ポスターは亡くなったプロカメラマン、ワンワンさんの追悼ポスターでした。ワンワンさんは長い間、ここビーチサイドの私たちみんなの友達でした。私が13年前に一宮に来た時初めて会ったのが彼でした。彼のスタイルを表現し、日本での私たちのビーチライフと、彼の素晴らしい志田下のショットを使い何かをクリエイトしたかったのです。私にとって最もデザインの挑戦であり、最も楽しかったデザインでした。 Q :日本に来たときのカルチャーショックを教えてください。 主に2つのショック。1つは私が生のマッシュルームをサラダに入れて食べる事をびっくりする日本人の友達。生のレバーや生の鶏肉、生の牛タンや生卵を食べる人達から、”えっ、生のマッシュルーム食べるの?気持悪い!”と言われるのは未だにとても変だと思います!それから和式トイレにもショックを受けました。どうやって使うのか解らなかった(ほとんどの外人は解らないはず)。日本での最初の年は逆向きに使っていました(洋式のように後ろ向きに、そしてどうやって流すのか困惑しました)。やっと女友達が後ろ向きにならずトイレに向かってしゃがむと説明してくれました。これは私のショックな体験でした。今でも和式トイレは好きではありません。 Q : サーフタウン千葉に暮らしていますが、千葉の良いところを教えてください。 私が住んでいる所は日本の南東でも名うての一定したサーフブレイクです。世界のプロサーファー達が波をチェックしに来ます。ブラジル、バリ、南アフリカ、オーストラリア、イギリス、フランス、ハワイ、そして私のホームカントリー、アメリカから来たプロ達と会いました。リーフも無く、砂がほとんどの沿岸は私のような初心者サーファーでも結構安全。波のコンディションが一定している事から夏にはサーフィンとビーチイベントでよく知られています。太東はサーフタウンフェスタというサーフィン大会が有名です。太東ビーチで毎年開催されるイベントです。このイベントの楽しみはサーフィンコンテストが主ですが、安全性や救助、ビーチクリーンなどのビーチライフにとって大切な事を教えるのを焦点に置いている点です。 Q : サーファーという人種をどう思いますか? サーフィンは個人スポーツです。個々が水の中でチャレンジする。サーファー達が自分のゴールに向けてサーフする。挑戦と決断力によって良いサーファーとなる事が、海とそれ以外の場所でも通用する個人の特性となるのでしょう。 Q : 現時点でも理想的なライフスタイルを確率していますが今後の夢を教えて下さい。 私は日本居住というあまり旅をしない道を選び、それは私の中で違いを生みました。文化の挑戦から常に刺激を受け、自分の人生に平穏を感じます。私にとってこのような尊敬すべき平和な社会に住む事は究極の体験です。私は2001年10月2日に主人Brett Alexander Youngを車の事故で亡くしました。日本人から学んだ事は、私が主人の死という強烈な痛みから現在の新しい人生での幸せを感謝できるようになった事を可能にしてくれました。それが私が日本に残って住んでいる理由です。私は「Memoirs...
キャット – kat –
go-naminori
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2011年3月29日
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出身地:東京都 国籍:日本 ホームタウン:ニュージーランド 誕生日:1984年1月7日 身長:168cm 学歴:Bachelor of Performing Arts 好きな色:ブルー、シルバー 好きな食べ物:焼き肉、ストロベリーショートケーキ、フルーツ 好きな飲み物:Baileys、梅酒 趣味:サーフィン、youtubeビデオ制作、コンサートを見に行く事 Website: www.KatMusic.jp Blog - http://blog.sideriver.com/kat/ Myspace - http://www.myspace.com/katmcdowell YOUTUBE - http:// www.youtube.com/katmcd0well Q : とても美人ですがニューランドと日本のハーフだそうですね? ありがとう!そう、母は日本人で旅行が大好き。英語を学びたくてニュージーランドへ旅行に行き父に出会ったの。母が日本に帰る時、父も一緒に日本に来ちゃった。二人は結婚し私はここ東京の外れの池袋近くで生まれたの。私が5歳の時、みんなでニュージーランドに戻ってそこで私は育ったよ。 Q : 音楽が大好きなようですが、音楽に興味を持ったのはいつ頃ですか?そしてミュージシャンになろうと思ったのはいつですか? いつも音楽には興味があった。でも7歳の時に私の人生で重要な出来事があったの。母のレコードを聞いていたらイルカさんのを見つけて。イルカさんは日本のフォークシンガー。イルカさんが観客の前で演奏してる姿を想像できた。そしてその時これが私のやりたい事、ミュージシャンになって観客の前でパフォームしたいと思ったの。 Q : ニュージーランドは素晴らしい所ですが、日本のどこに惹かれてここに戻ってきたのですか? 私はいつも日本が大好きで、ニュージーランドにいた時もとても日本が恋しかった。私は日本国籍でビサを取るのは結構簡単だったし。若い時から日本の友達と連絡を取ってたくさんの素晴らしいコネクションがあったの。渋谷の仲良しの友達の所にステイしたり。セッションシンガーとしてスタートして、テレビコマーシャルやライブをしながらレコード会社探しをしてた。最初に大変だったのは自分の日本語力に限りがあって読み書きが出来なかった事。どうしたらいいのか誰もわからなかったの。とってもストレスを感じて2週間くらい具合が悪くなっちゃって。あきらめそうになったけどもう少しがんばろうと思ったの。2週間後、エージェントと出会えた。 Q :...
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