
ヤナさん、日本のサーフマガジンのコレクションから昔の写真を送ってくれたことに感謝しています。素晴らしい思い出の数々が蘇ってきました。
これは25年前のバックドア。バックドアは僕のハッピープレイス。そして波をキャッチするのが最も難しい場所でもある。当時のローカルたちは、最近のローカルとは全然違う。毎日ケンカや暴力沙汰の連続だった。パーフェクトバレルを見つけたら乗らないといけない。そして、めったにないチャンスだから、笑顔で乗った方がいいんだ。

バックドアの波が小さすぎる時はよくロッキーポイントへ行っていた。バックドアとは違うローカルで混雑していて、まとまりがなく、かなりアグレッシブだった。カレントが強いこともあって、ロッキーでも良い波をゲットするのは難しい。こういうポイントでサーフィンしたおかげで、世界のあらゆるポイントでの波のハントの仕方を学んだんじゃないかな。

バックドアでのサーフィンはコミットメントがすべて。力いっぱいパドルして、立ち上がったら、その後の状況に備えておくべきだ。バレルのなかには、息を吸い込み、そして吐き出すようなものがある。空気に押し戻されるのを感じたら、ほんの一瞬のあとには外に吹き出されることもあるだろう。その時、自分がどれほどディープな場所にいるか分かるんだ。それは最高のフィーリング。

若ければリスクをかえりみないだろう。そこでは、たった一つのミステイクが命取りになりかねない。僕が恐れを克服できたのは、居心地の悪い場所のなかに身を置くことに慣れたから。実際、チューブの外にいるよりも、チューブの中にいる方が居心地がいいと感じるんだ。バレルライダーの多くが、同じ気持ちだろう。

First swell Japan: ハワイで夏を過ごしながら連絡を待つ。戸倉さんは”台風が来るから準備しなさい”と昔はよくウチに電話をかけてきた。僕はすぐに旅行代理店に連絡し、日本行きのフライトを予約した。次の日、チューブのストーリーが始まる。何年もの間、それが僕の仕事だったなんて、いまだに信じられないよ。旅行代もチューブライドの代金も支払ってもらってたんだよ?ジョークみたいだよね。
ヤナさん、素晴らしい日々を思い出させてくれて、改めてありがとうございます。写真がなかったら、すっかり忘れていたと思います。


