東北でのデイ2は、凍えるほど寒い。ハワイに戻ったら、寒くなっても絶対文句言わないって約束するよ。もし下着にヒートテックを着てなければ、凍えてたはずだ。南アメリカでのバックパッキングで学んだとおり、毎日同じ服を着ているけど、こういうのこそが旅の手法。いつも日本のツーリストたちがたった2−3日間だけでハワイに来ると聞いてビックリしてた。たまにクレイジーだなって思ってた。でも、今は考えが変わったよ。僕も日本に2日間しかいないから、経験すること自体がプライスレス。ハワイへ出発するときはいつも、人生に変化がある。今回の3日間トリップも、外国でただ数日を過ごすことじゃなくて、変化を理解する経験なんだって気づいたんだ。だから、次に僕の友達が日本からハワイに2ー3日でやって来たら、記憶に残るトリップになるようにヘルプしてあげようと思う。cheers.

彼女たち2人は、Japanese Superwomen! リョーコさんとナオミさんは今まで出会った中でもストロングな女性だよ。どうやって僕らが出会ったかは長い話になるけど、こんな悲しい出来事が最高のフレンドシップを築いてくれたのはすごくアメージングだ。彼女たちはいつまでも、僕の人生の一部。

昨夜は最高な夜だった。僕らはみんなで石巻に行ってディナーをした。僕らはそれぞれ、サーファー、漁師、オフィスワーカー、フライトアテンダント、ウェットスーツメーカー、電気屋、フォトグラファー。でも共通しているのは“WE ARE ONE”。東北の友達からONEメンバーのみんなにとって、昨夜はすごく意味のある夜だった。
たくさんの人が僕に、どうしてまだ東北に行くんだって質問するんだけど、これがアンサー。
東北にはみんなに会いにきてるんだよ。3月11日のすぐ後に出会ったときを振り返れば、笑顔にはなれなかった。心が打ち砕かれ、完全に落ち込んでいたから。それ以降は、ゆっくりとみんなの笑顔や楽しそうな雰囲気がカムバックしてるのが見られた。あれからもうすぐ2年が経つけど、東北のみんなと一緒にジョーク言ったり笑ったり、時には涙をシェアしたりすることができるようになったことが僕の心を動かしてる。みんなに出会えて本当に嬉しい。僕の人生をチェンジしてくれて、ベターな人間にしてくれた。自分の今あるもの、無いものにもすべてに感謝してる。落ち込みそうだなってときは毎回、みんなが僕にパワーをくれるんだ。もっと一生懸命仕事をして、もっとハッピーになりたいし、満たされた人生を送りたいと思ってる。東北のみんなはファミリー同然だし、i love you all! gosh, 泣いちゃう前に、ストップしたほうがいいかな。We will Always be One! And I will always be back!
Super People and Always ONE!
Tohoku Elementary Schools Revisited
朝4時のgood morning。かなりジェットラグ。日本に来て2日経つけど、昼間が夜で、夜が昼みたいだ。日本にいる他のみんなが寝てるのが変な感じ。僕は明日帰るから最終日は無駄にしないようにしよう。小渕浜に行くから、状況が良くなったところやハッピースマイルが見られるといいな。

ハワイを発つ前にKITVのララ・ヤマダニュースのインタビューがあって“今の日本はどう?”と聞かれた。僕は“復興した場所もあるけど、今も震災当時ままの場所もある”と答えた。
今、石巻にいるけど、前は何千軒もの建物が倒壊していた。アズミさんのサーフショップを含めて。約2年後の今は、もう何も残っていない。僕らチームは今までの7回ここに来るたびにダメージを見ては心が痛んだ。

その後北上まで海岸線を1時間ドライブした。ここも以前は倒壊した建物が残っている。3.11以降に唯一建ったのはthe We Are One Market! 左の建物を見てよ!あれは”HOPE”のシンボル。

街のなかを通っても、まだダメージが分かる。この場所を離れて二度と戻らないことを決めた人もいる。

大川小学校に行くといつも心が痛む。津波が来て、89人の生徒と先生が亡くなった。彼らが学校で何をしようとしてたのか分からないけど、ここを通る度、残念に思う。

誰かが子供たちのためにクリスマスツリーを設置していた。そしてここには子供たちが夜でも見えるようにとソーラーのライトもある。ある場所に来て、こんなにたくさんのスピリッツを感じたことはない。

車から降りて分かれても、みんな同じことを考えていた。“Why”と。僕と一緒にいたマツもここに初めて来た時、何が起きたか知れば知るほど気持ちが辛くなるようだった。

this wall that survived the tsunami says it all. “We Are One.”

from Hawaii with love.

その後、海岸線にぽつんと建つミナミくんの小学校へ行った。周りは全て壊滅していて何も無かった。ここの学校にも逃げるのに間に合わなかった生徒がいる。屋根の上まで津波が来たことを考えても、理解しがたい。もうすぐ2年が経つけど、ここを通り過ぎると毎回、あの悲惨な日に何が起きたのか思い出す。僕にとっては嬉しい出来事じゃないけど、もしハワイに津波が来たらどうなるんだろうと何回も何回も考えてしまう。耐えられない。
これから牡鹿半島に向かって運転する。どんな感じかもう分かってるよ。人のいないちいさな島には答えの無いクエスチョンがいまだにたくさん残ってる。世界中のみんな、これが当たり前と思ってるなら、もう一度考えて欲しい。人々は前に進もうとしているのに、全然復興していない場所があるなんて悲しい。ハワイに帰ると複雑な気分になる。きっとこの気持ちはしばらく続くだろうな。時々、僕がマジシャンで、指をパチリと鳴らせば全てがノーマルに戻せたら良いのにって考えるよ。今日は落ち込んでいてごめん。でもこんな気持ちはきっと今だけだと思う。


