木曜日 4月23日 2026年

Beer Festival: Marui Pro in Hebara

昨日の朝はかなり変わった光景を見た。日が昇ったとき、太陽の周りに虹が出たんだ。すごくキレイだけど不思議な感じだった。

19歳から少し前まで、スポンサーからは無料で制限なくサーフボードを提供してもらっていた。今までで無料のボードは千本以上になったはずだ。いま思うと素晴らしいスポンサーがついていてくれて、本当に恵まれていた。そして最近は自分のお金でサーフボードを買わなきゃいけないから、どのボードも今まで以上に大切にしているよ。だから新品のボードたちは乗られるまでリビングルームで待機中なんだ。急がないよ…

懐かしい写真を見つけた。これは1992年に部原で開催されたマルイプロのとき。一緒にステイしていたハワイアンのKaipo Jaquias、タヒチアンのVetea “Poto” David、そして僕。カイポは2年連続でコンテストに優勝し, ビール15ケースを贈られていた。彼はビールを飲まなかったから、僕とポトで飲み尽くしちゃったんだ。haha…

 

Bula means Aloha

世界中のいろんなボートトリップに行ったけど、このときのフィジーは最高だった。ナディから出航してタバルアへ行き、そのあとフィジーの反対側まで小さな島々を探索しまわった。そこは自然以外は何もなく、シーフードは自分たちでとった。5日目でビールを飲み干してしまい、小型飛行機で持ってきてもらった。そのトリップで学んだことは”意志あるところに道は通ず”だ。haha…

それに、ロンボク島がバリのワイキキになる前に行くことができてラッキーだった。ホテルもなく、サーファーもいず、まったくの手付かずだった。子どもたちは裸でカヌーで遊んでいたし、WiFiやインターネットもなかった時代だ。いまのロンボク島はワイキキみたいだから、もう行かないだろう。そんな姿は見たくないからね。あの頃だけが美しい島の貴重な思い出だよ…

昔は長期トリップから帰ってくると、子どもたちと遊んでいた。ゲームセンターに連れて行ったら、野生のサルみたいに走り回っていたよ。一度ケリアが迷子になり、見つけたときは大人用のゲームに裸足で逆さまにぶら下がっていた。しかもピザをくわえて。haha.  “すぐに降りなさい!!!”と叱ったけど、ケリアは笑顔だから、僕は笑うしかなかった。そして50ポイントのホールにボールを投げ入れてごらんと言ったよ。僕らはいいチームだったね。haha…

Love it or Leave it…

これが今年最初のソリッドなサウススウェルだ。僕がパドルアウトした時はチェストハイの波があったんだ。でもパドルインした時にはオーバーヘッドになっていたよ。明日はさらに波はビッグで良くなっているだろうね。つまり、今週はずっとどんどん波が良くなっていくんだろうな!

僕がパドルバックしている時にいつもお互いにドロップインしている人たちを見かけるんだ。これがアラモアナボウルズの日常なんだ。それを受け入れるか受け入れないかなんだけどね。

オーストラリアの下の方から始まったサウススウェルは信じ難いよ。到達するのに1週間以上かかったけど誰も文句はないよ。

今朝は冷たい冬のようだった。2月は普通こんな感じなんだけど、この天気のおかげでアメージングなサンライズが見られるんだ。

もし僕がグーフィーフッターだったら、一日中こんなバレルを探しているだろうね。世界で1番最高の景色なんだ!

(翻訳: タナカ チヨコ)