日曜日 2月28日 2021年
タグ INTERVIEW

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古市陽子 – yoko furuichi –

スタイルが良くてロングヘアー、おまけに綺麗に日焼けした美人のジャパニーズで名前がヨーコ。日本で初めて開催されたプロロングボード女子初のチャンピオン 古市陽子プロはガールサーファーの象徴のようでありました。3人姉妹の末っ子。東京生まれで、大学4年の頃からサーフィンの楽しさを知り、今では海のすぐ近 くに暮らしサーフィン中心の生活を送っています。プロ初優勝は心の底からホッとすることができた。そういうチャンピオンの笑顔は輝いてました。 Q : 日本で最初のJPSAプロロング女子の試合でした。ここはひとつ歴史を刻んでやろうと、優勝を勝ち取っというところですね? 歴史を刻もうという意識はありませんでした。一戦目という意識はどこかにあったのかもしれませんが......。とにかくホッとした。というのが素直な気持ちです。でもスタートは最低でした。波がわからなかったので、無駄な動きばかりの試合運びになってしまいましたが、辛うじて2位通過することができました。次のセミファイナルはこの教訓を活かし、ひらいた波に乗ることだけを意識しました。けれどもなかなかその波を見つけることができず、中盤まで最下位。けれど焦ることもなく、なぜか落ち着いていました。最後の最後に綺麗なレフトの波が入ってきて、それが6ポイント。1位通過することができました。そして次の本番決勝では最初の一本目でいいテイクオフポジションを見つけることができたので、そこからのひらいた波だけ乗るようにしました。その波数はとても少なかったのですが、結果的にそこで波をしっかり待てたことが勝因に繋がったと思っています。 Q : 昨年にプロとなって、今年いよいよ始まったJPSAプロロング女子。その緒戦を優勝ですからグッドスタートです。 去年の6月にプロになった時、自分のやってきたことがカタチになったことが、とても嬉しかった。何よりも家族や友達が喜んでくれたことが一番嬉しかったです。そして今年初戦でいきなり優勝。本当によかった。いいスタートをきることができてとても嬉しいです。グランドチャンピオンは意識していなかったのですが、一戦一戦頑張って、そこに繋げてゆけたらいいです。 Q : 今年はいい年になりそうですね。OXBOWとインターナショナル契約が始まったのも今年からです。 去年7月にフランス、ビアリッツのロキシージャムの試合でOXBOWの方から声をかけていただいたんです。それで今年から正式契約となりました。3月はオーストラリアでOXBOWライダーとフォトシューティングを済ませてきたばかりです。今年からすべてが新しくなりそう。そんな気がしてます。それだけに自分のやるべきことをしっかりと丁寧にやってゆきたいと考えています。 Q : 2月にハワイに行って、3月はオーストラリア、そして7月にはフランスで3度目となるロキーシージャム出場。世界にお友達がたくさんいるんだろうし、それだけいい波も知っている。もちろんサーフィンもできるんですから楽しそうです。 極力色々な環境でサーフィンすること。というのが私にとって一番ですね。そしていろんな文化に触れて、人とふれあって、刺激があるから旅も好きです。とくにモルディブが好きですね。ボードの上だけの生活。サーフィンだけの生活。素晴らしい自然の中であんな生活ができるなんて、サーフィンしてきてよかったと感じさせてくれます。それからハワイ。空気が好き。穏やかな気候。海もきれい。時間の流れも好き。そして人も好き。みんな笑顔。 Q : 日本のプロチャンピオンとしてこれからの活躍を楽しみにしてます。どんなことをやっていきたいですか? 波に乗れるようになると、もっともっと波乗りが楽しくなるじゃないですか。女の子達がひとりで海に行けるように、一緒に海に行ってサーフィンする機会を作ってゆきたいと考えています。私自身については、いつでも楽しんでサーフィンしつづけたいと思います。 取材協力 インタビュー:大森修一 写真:カービー福永

戸倉 康守 – yasumori tokura –

2009年4月19日に人生の節目となる還暦を迎えた戸倉さん。大好きなメンタワイでバースデイツアーを楽しんできた。すると本番当日の19日。還暦祝いの赤 いベストを着用した戸倉さんにハッピーが連発。一日中神がかった出来事ばかりの誕生日となった。よーし、これからだという気持ちがわいてきた。戸倉さんの還 暦はサーファーでいる喜びを実感する素晴らしいものとなった。 Q : 還暦を迎えて、今回はどんな旅でしたか? これまでで一番気合いが入ったトリップだった。とくに60歳になった誕生日の4月19日は思い出に残ることばかりで、ハッピー連続の一日だった。まず朝一番、還暦祝いに会社の皆が作ってくれた金ダブマークの赤ベストを着せられてマカロニに入ったんだけど、この真っ赤なベストがマジックだった。よーし、これからだという気持ちがわいてきたんだ。俺に凄いパワーをくれた。それでマカロニでは一発目の波からリッピング。調子よかった。今までしなかったリップが自然と出た。赤ベストのおかげだよ。それから昼になってマカロニからHTに移動する途中のダイビングスポットではカービーが得意の素潜りで30kgのビッグ GTを仕留めた。水深30mで海底の見えない溺れそうな海の中からハヤトと二人掛かりで引きずり上げたんだ。夜のパーティーは盛り上がったな。魚が卵をもってたんで楽しみにしていたけれど、それは出てこなかった。クルーへのプレゼントかな。それで夕方AFHTでセッション。奥のメインピークからちょっと外れた左のピークにポジションするんだけど、その時左にいたのは戸田と松尾、入っていっていってすぐに乗せてもらった波が凄かった。パーフェクトでツルンツルンなクリーンバレルを体に触れずにボッコリメイクしちゃった。HTで初めて吠えたよ。スピッツがハッピーバースデイをいってくれた。神様がくれた波だと感激した。そんなわけで、一日中神がかった出来事ばかりの誕生日だった。 Q : まさにハッピーの連続。思い出に残る誕生日でした。 旅には何かしらのトラブルがつきものだろう。それがないんだから。シャローリーフのメンタワイではズタズタにされるものだけど、今回はそれもほとんどなかった。こんなにハッピーが連続する旅は俺も初めてだよ。旅が終わる最後の日も、たまたま記念に撮った夕日の写真が、見たこともないな形でダルマさんになってた。縁起のいいダルマさんが見えるくらいだからな。 Q : メンタワイが大好きなんですね。 1997年が最初。サンダースのバレルではまったんだ。シャローでリスキーな波だから体がクッとしまる。そんな波が好きなんだ。以来ずっと通いつづけている。メンタワイは大自然の中をクルージングしながらサーフィンが楽しめるんだからいうことなし。夜空に輝く星のきらめきもとくべつ綺麗だし。今回お願いした 234号は頼りになるヨットだから快適だった。 Q : これまでの人生を振り返ってみて、今どんな気持ちですか? サーフィンは16歳の時に吉浜で始めたんだ。それから44年。サーフィンをしたいためにビジネスを起こし、休みなくずっと続けている。それだけ。60歳の節目にHTで友達に支えられて素晴らしい思い出を刻めた。これはでかい。もっとサーフィンする勇気がわいてきた。この節目を迎えられたのも、家族、会社の皆、そして日本全国にいる友達のおかげ。感謝しています。 取材協力 インタビュー:大森修一 写真:カービー福永

山中富生 – tomio –

近年、国内外問わずサーフアーティストへの関心が高まってきており、その中でも独自の世界観とオリジナルのタッチで 数々の雑誌、メーカー、ブランドからアートワークの提供や提案をしている彼に先駆けてインタビューを決行。 サーファーでもある彼のナチュラルなライフスタイルは、自然、旅、波、日常、美 が作品から溢れんばかりに発信されている。日本でもサーフアーティストと して活躍している人は数知れずいますが、彼ほど、作品を観た人に LOVE & PEACE ! そして日々を勇気づけてくれる作品を残し続けている人はいないのではないでしょうか。 Q : アートワークを始めたきっかけを教えてください。 自分の 心を表に出したい ってのが ガキんちょの 頃から あってホンマは 音楽の方で 出せたら ベストなんですがそっちは まぁ 哀しいかな 全然 ダメでなんとなく 描きたい 絵や...

谷口絵理菜 – erina taniguchi –

谷口絵理菜優勝インタビュー ほんまに嬉しい。優勝という最高の結果で今年をスタートできました。 堂々たる貫禄勝ち。JPSA女子チャンピオンにふさわしい谷口絵理菜の優勝だった。女子の決勝は30分間。ヒートがスタートして15分すぎまで波が入らずノーライド。チューブライドを完璧にメイクしてわからして勝つという戦略を目論んでいた絵里菜は、これではいけないというところでリッピングに切り替えて4.5 ポイントと5.83を出して暫定トップをまずはキープ。この時点で2位の杉山には2.66差。1本目に大きなラインでリエントリーリップの2連発を決めて7.67ポイントを叩きだしていた杉山に勝つにはどうしても8点以上のハイポイントが絵里菜には必要だった。そして勝負の分かれ目がやってきた。残り11分となったところでクリーンセットが次々に入りはじめた。もちろんファイナリスト4選手が全員勝負にでた。杉山、北川、萩原と、対戦相手が6ポイントから7ポイントで終了したのに対し絵里菜は8.67。チューブメイクはならなかったがクラマスの高速クリーンフェイスをスピードとパワーで切り刻んだ。そして残り3分には再びクリーンウォールをパワフルにメイクしてだめ押しともいえる8.03をマーク。これで勝負あり。JPSAディフェンディングチャンピオンとして’09年開幕戦を優勝で飾り幸先のいいスタートを切ることとなった。 Q : 優勝おめでとう。 嬉しい。ほんまに嬉しい。今日はあまり緊張しなかったと感じてます。3月のWBC侍ジャパン優勝を見れたんでメンタル面が強くなったのかもしれません。他の選手とは違って、1月、2月と外国へは行かずに九州の宮崎で練習してきましたから。最高の結果で今年をスタートすることが出来ました。 Q : 侍ジャパンの何が刺激になったんですか? 9回裏に同点に追いつかれたダルビッシュがきちんと3アウトで終わらせたところ。それと10回のイチロー。世界中が固唾の飲んで見守っているあの場面で、粘りに粘って最後はヒットをかっ飛ばす。最後の最後まで諦めないメンタルの強さを見せてもらいました。 Q : ファイナルヒートは途中で杉山プロに2.66差まで詰め寄られました。振り返ってみてどうですか? 決勝の前に行なわれた男子のヒートでグッドチューブが入ってきてたんで絵里菜も狙っていこうと考えてたんですけど、いざヒートがスタートしたらなかなか波が入ってこなくて作戦がまったく外れちゃいました。それでリッピングに切り替えて攻めはじめたんですけど、最初の2本はフィニッシュが流れちゃって自分の思うようなポイントが稼げてないんで不満でした。振り返ってみればヒート時間中の勝負所でセットは入ってきたわけで、改めてチャンスを待つことの必要性を学んだヒートだったし、もっとボトムを使ってスピードを稼ぎながらレイルワークでパワーを見せつけるみたいな、出来たら9ポイントか10点満点が欲しかった。 Q : 絵里菜は過去4回開催されたJPSAクラマス大会で通算3勝。今回で2連覇。しかも男子も林健太が2連覇とまたもや四国勢が大活躍でした。強さの秘密は何だと思いますか? 2連覇はまったく意識してませんでした。とにかく目の前にあるこの大会に優勝すること。それだけを考えてました。四国勢の強さはクラマスと四国の河口の波がそっくり似ているからです。チューブの形とか、波の掘れ方がとにかくそっくりだから。絵里菜にとっては自分の好きな波だし、自分がベストパフォーマンスできる波。そう感じてます。 取材協力 インタビュー:大森修一 写真:木本直哉

田中 宗豊 – munetoyo tanaka –

ハードバレルのチャージにかけてはジャパニーズサーファーのなかでもひときわ目立つ存在の田中宗豊。3年前からはサーフボードファクトリーを立ち上げ、自分でシェイプしたサーフボードでノースショアのパワフルブレイクにチャレンジを繰り返す。プロサーファー、シェイパー、ファクトリーオーナー、そしてファミリーの父親として充実したサーフィンライフをクリエイトしている。 Q : ひさしぶりです。元気そうですね。ファミリーと一緒のサーフィンライフはどうですか? 結婚3年目に入りました。子供も1歳3ヶ月。元気に暮らさせてもらってます。ライフスタイルについては結婚だけではそれほど変化はなかったけど、子供が出来てからはだいぶ変わりましたね。時間の使い方が僕だけのためだけではないということ。奥さんを育児から解放してあげる時間を作ることを気にかけてます。奥さんはマラソン好きなランナーでボディボードもやるから、子供が出来る前は2人して海中心の暮らしだったんですけど、今は仕事の隙をついて海に行く僕に対して、奥さんは波と天気がいい日は海に出かけるみたいです。けど、さすがに回数は減ってますね。 最近は、僕は四国に立ち上げたファクトリーを軌道に乗せなあかん。奥さんはしっかりと子供のケアをしてくれてる。その2つを互いが必死でこなすのを頑張っている。そんな感じです。ドタバタ忙しくて大変だけど、自分の将来を考えたら、ここがスタートなんで自分の思うよ?うにやり切ろう。そう考えてます。実際、やってる最中だから気持ちは◎。燃えてます。 Q;サーフボードファクトリーの運営は大変でしょう? 最初は2年前に僕の実家がある大阪府阪南市に小さい2部屋の工場を作ったんです。僕は大阪生まれ。海から離れた生活が出来ないことは解っていたけど、とりあえず四国から阪南へ単身赴任でサーフボード作りを始めたんです。それが去年の夏に四国の家の近所にファクトリー向きのいい物件が見つかって四国に戻ることができた。新工場は、1つの行程にそれぞれ専用ルーム?が割り当てられるようにして、きっちりサーフボード造りが出来る?ように設計しました。着工から半年経ったこの3月ですべて完成。4月には専門の職人さんに入ってもらって、いよいよスタートを切る予定です。工場の名前はFUN SURF Factory。僕がシェイプしたボードにはMunetoyo Tanaka surfboarddesignというロゴが入り、?オリジナルをメインに造りだしていきます。 Q : ニューファクトリーから造り出されるオリジナルサーフボードにはさぞかし魂が込められているんでしょうね。お客さんも楽しみにしていることでしょう。さて、ノースショアについても話しを聞かせてください。今シーズンも狙いはバックドアですね。 こればっかりはやめられません(笑)。最近はバックドアよりもヒュージオフザウォール、サンセットがお気に入りです。初めてのハワイは20歳ですから今回で15年目です。ノースはリラックスしてサーフィンに没頭できるのがいい。朝起きて、波チェックしてから、ゆ?っくりサーフィンに行く。もちろん、波がゴーインオフしてるときは、ドタバタのフガフガ状態ですけどね(笑)。時間が流れるペースがいい。それから、波もパワフルだし、サーファーもパワフル。なにもかもノースショアはパワーにみなぎってます。そこで一緒になってサーフィンしていると、僕もあの人と同じようにやってたら、あんなふうにパワフルにサーフィンできる。そんな向上心が自然と溢れてくる。ノースショアには目指すサーフィンの先生みたいな、お手本になるサーファーがたくさんいる。そんな所なんです。 Q : ノースショアには自らシェイプしたニューシェイプを持ち込んでテストもするんですね? もちろん。自分のボードを持ち込むのは3回目の冬です。初年度からいいボードが削れて、自分のシェイプがノースでも使えるということに自信を持てました。それに、ここに来るたびにトップサーファーが持っている一流シェイパーのサーフボードを見ることが出来るんで大いに刺激を受けます。チャンスがあって乗せてもらったりした時には、実際に自分がシェイプしたボードよりもはるかにいいボードだと本当にわからされます。だから、それを手本にさせてもらって自分のスキルに反映させてもらうんです。毎年ノースショアでサーフィンするということはシェイパーとしても意味がある大事なことだと考えてます。ここぐらいじゃないですか。ガンからショート、ロングやフィッシュ、キッズ、レディース、スタンドアップボードと、いろんなサーファーがいて、いろんなエクイップメントが見れるのは。 Q : 最後はミュージックです。サーフィンのノリと音楽のノリには共通点があるんでしょうね? サーフィンと音楽は繋がっているところがたくさんある。例えばジャムセッション。その瞬間に自分を表現することはサーフィンも音楽も同じ。その波に乗れたのか。その音に乗れたのか。その流れの中にうまく同化できた瞬間、サーフィンもミュージック?も気持ちいいハイな瞬間にひたることが出来る。アフターセッションで仲間とのトークも最高に楽しい。そんなサーフィンに似ているところが好きなんです。 Q : これからますます充実したサーフィンライフがおくれそうですね。 サーフィン、ファミリー、ファクトリー、。忙しい中でノースショアに来れた。ノースショアにいられる。それもこれも周囲のサポートがあってこそやと。とても嬉しいし、感謝してます。これからも、自分にできることは全力で取り組んでいきたいと思います。さあ、今年もやりまっせぇ?! 取材協力 インタビュー:大森修一 写真:GO NAMINORI
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